[ 先人に聞く ] 住まいづくりの情報サイトe-house

  1. home
  2. コラム
  3. 木材と快適性

木材の快適性

人間は、「樹木」を材料ととらえて木造家屋に利用したり、自然ととらえて森林浴を楽しんだりします。そして、その香りや手触り、あるいは木目などがほかの材料とは異なる心地よい感覚を与えるということを経験的に知っています。 私は森林総合研究所というところでそれらを人の快適性や健康の維持・増進に利用するといった研究をしていますが、9年前に私が入所した当時はまだこの自然由来の快適性や、健康の維持・増進につながるという客観的なデータの蓄積はほとんどありませんでした。 しかし、現在は快適性、健康の維持・増進と深く関わったストレスや、さまざまな感情の状態の測定手法が盛んに開発されており、「人間の側から環境を評価する」、このような研究が注目されています。
農林水産省森林総合研究所 生物活性物質研究室長 医学博士 宮崎良文氏

快適性の定義と種類

まず、「快適性」というものを明確にしなければならないのですが、「快適性」の定義は今のところ定まったものはありません。唯一定義されているのは「熱的快適性」で、「熱的環境に満足を表す心理状態」「暑くも寒くもない感覚」とされています。
私見では、「快適性とはリズムの同調である」と考えています。日常的に我々は「波長が合う」とか「雰囲気が良い」といった状況に遭遇します。このような状況にあるとき、人はその場の環境と同調していると考えられます。そこに樹木や花といった自然のものがあると近寄ってみたくなる。この感覚は人間がもともと持っているものだと思います。自然は人に対して精神的な安らぎを与えますが、 今のところなぜかは分かりません。一つの考え方として、「ヒト」の誕生から500万年の間、そのほとんどを自然環境の中で暮らしてきたことがあげられます。人間の生理機能は自然環境の中で進化し、脳から内臓に至るまですべてそれに合わせてつくられたのです。「快適性」の種類についてはいろいろ言われています。一般的には、「積極的快適性」と「消極的快適性」に分けて考えられます。「消極的快適性」というのは、安全性や健康の維持を含む欠乏欲求であり、不快の除去を目的としたものです。例えば、落ち着きのある木造家屋の中でゆっくりと休息をとるといった場合の「快適性」です。逆に「積極的快適性」は適度な刺激によってもたらされる成長欲求であり、プラスαの獲得を目的としています。例えば、週末に森林浴を予定するだけでワクワクしたり、実際に出かけていって気分が高揚したりする場合の「快適性」です。

快適性の実証方法

一般に快適性を実証する方法は、心理反応と生理応答の2つに分けられます。心理反応には、質問紙を利用したSD法による官能評価などの主観指標が用いられ、生理応答には血圧、脈拍、瞳孔、精神性発汗などの自律神経系と脳波、脳血流量などの中枢神経系、そして唾液中のコルチゾールなどの内分泌系や作業能率などの指標を用います。実際の実験では温度、湿度、照度、風速などいろいろな環境因子を調整できる人工気候室と呼ばれる部屋で行い、ほかの因子の影響を受けないよう配慮します。例えば、自律神経系の中で唯一外から観察できる瞳孔の状態は、人の気分に鋭敏に反応します。ストレスが表われると、周りをよく見るために散瞳(瞳孔が広がった状態)し、反対に家でくつろいでいるときは、安心して縮瞳(瞳孔が縮まった状態)します。このように心理反応、生理応答の両面から評価して、本当に快適性や健康の維持・増進が図られているかを判断します。

木材と嗅覚

木材は様々な香りを発し、人はそれによって自然を感じます。この感覚は、木のにおい物質の分子が鼻の粘液に溶け、電気的信号となって脳の嗅覚中枢に送られることによります。
香りの感覚強度は個人差が大きく、しばらく嗅(か)いでいると感覚強度が低下する嗅覚疲労を起こすことが知られています。香りの人に対する作用を調べるため、種類の木材や果樹から抽出した精油とその成分を吸入した時の印象を、SD法を用いて7段階で評価し因子分析を行いました。「さわやか感」は、オレンジ果皮油とその主成分の一つであるシトラールの吸入によって強く感じられ、丁子油の精油成分であるオイゲノール(歯科の消毒に用いられ、歯科治療を印象させる)の吸入は「不快感」と感じられていました。「自然感」については、タイワンヒノキ、ヒバ、ヒノキの材油において強く感じられ、樹木の香りと「自然感」との間には、強い相関関係があることが明らかとなりました。また、感情プロフィールテストと呼ばれる質問紙を使い、タイワンヒノキ材油の揮発成分を吸入した場合の心理的な気分の変化についても調べたところ、緊張疲労の感情尺度が、空気を吸入した対照実験と比べて減少することが分かりました。さらに、タイワンヒノキ材油とオイゲノールの香りに関して生理応答を調べたところ、タイワンヒノキ材油は血圧を低下させ、R-R間隔(心拍の1拍ごとの間隔)変動係数を減少させました。これは気分の集中の程度を反映しています。作業能率についても上昇することが観察され、R-R間隔変動係数の減少との関連が認められます。逆に、「不快感」を強く感じさせていたオイゲノールは脈拍数を増加させました。一方、木材の揮発成分であるα-ピネンが人の心理面や生理面におよぼす効果に関して、フリッカー(光のちらつきを見せて疲労度を測定)値を指標として調べたところ、疲労が軽減することも分かりました。また、瞳孔対光反射と感情プロフィールテストでも、作業負荷時における疲労を軽減する効果をもつことが観察されています。

木材と触覚

木材への接触によって、やさしい感じを受けたり、おもしろい素材と感じたりすることは、経験的に知られています。その印象の変化を科学的に明らかにするために、SD法による官能評価を行いました。材料は、ヒノキ、ブナ、キリのカンナによるほう削面とのこぎり引きの挽(ひき)材面の6種に、対照としてガラスなど日常的に接触する9種類の材を加えた種類とし、閉眼状態で接触感を調べました。その結果、木材は6種類すべてが自然で、快適で、重量感があると評価されていること、ほう削面は平滑であると感じられているのに対し、挽材面は荒い印象をもたれていること、ほう削面の方が挽材面より、自然・快適・重量感を強くもたれていること、表面をなでているだけであるにもかかわらず、3種の樹種中では、比重の最も大きなブナ材が最も重量感があると感じられていました。 さらに、木材への接触が人の自律神経反射におよぼす影響を調べるために連続血圧と脈拍数を測定したところ、ヒノキとガラスに接触した場合の拡張期血圧に有意な変化が認められました。ヒノキほう削面、綿、ヒノキ挽材面は、接触しただけで拡張期血圧(最低血圧)が低下するのに対し、ガラスへの接触では増加することが分かりました。ヒノキのほう削面と挽材面への接触は、官能評価においても快適で自然な感じがすると評価されていましたが、拡張期血圧においても低下することが認められ、生体にやすらぎ感をもたらすことが分かりました。また、脳波計測(右手で物に接触し、その刺激を脳が処理する場合、左頭頂部C3のα波がその程度に応じて減衰する)を行い、種の材料への接触による大脳の処理の程度の違いを明らかにしたところ、木材の挽材面への接触は、単に触れた場合は人に対する刺激が少ないにもかかわらず、能動的になでた場合はその材料から大脳が受ける情報量が多く、面白みのある素材であることが示されました。

木材とダニ

最近、アトピー性皮膚炎などのアレルギー性の病気が社会問題として大きく取り上げられるようになってきました。アレルギー症状を引き起こすアレルゲンとしては杉花粉、ホルマリンなどがありますが、なかでも一般に%以上の人に強く作用し、健康に非常に大きな影響を与えるアレルゲンとして、家の中のダニがあげられます。
杉花粉は、ある程度季節限定の要因ですが、ダニは1年を通して、常に人に対して感作(かんさ)しています。現在、家の中の平均的なダニの数は、昭和年代の3倍程度に増加しているといわれます。普段着ている服にも~匹ついています。
家の中のダニが人に悪影響を及ぼすということは、1964年オランダのホールホルストという医師が論文で発表して初めて分かりました。日本での研究は1970年からで、まだあまりすすんでいるとはいえません。厚生省は、室内塵性ダニ類としてヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニ、ケナガコナダニ、の3種類を指定しています。ヤケヒョウヒダニはメスが0.4ミリ、オスが0.3ミリという非常に小さなもので、白いテーブルの上に置くと小さな黒い点のように見えます。とくにメスはふっくらしていてオスより大きく、その体液が人体に直接触れることでアトピーの症状を引き起こします。例えば、腕の上でダニを1匹おいてつぶすとそれだけで発症したりします。小児喘息の場合には、気管から吸い込むことが問題です。生きているダニは大きすぎて空気中を舞えませんが、卵のからや死骸やフンが空気中を舞うことで人体に悪影響を与えます。またダニに刺されてカユイという状態であれば、ツメダニが発生しています。ツメダニはヒョウヒダニやコナダニをエサにしており、実験室で観察すると、ヒョウヒダニの腹部に顔をつっこんで汁を吸っています。大きさは0.7~0.8ミリで、人も刺します。エサが十分なければ増えませんから、ツメダニに刺されたということは、家の中はダニだらけということです。
生物学的にいうと、ダニは昆虫ではなく、足が8本でクモの仲間です。ごく普通の家庭で1あたり100匹を超えると、アレルギーのお子さんがいる家庭などでは危険信号といわれています。以前、埼玉県衛生研究所の高岡正敏博士が、ダニの数も1日の温度差などで増減するという仮説をたてて、自宅の畳を4時間ごとに掃除機で吸って、数をかぞえたそうです。博士が最初心配したことは、取り続けるとダニがいなくなってしまうのではないかということでした。ところが何日とってもダニはいたのです。畳の中にもいる、布団を干してもダニは反対側に逃げるだけで死なない。また、5年間使用した博士自身のフトンを切り刻んで数を数えたところ、生きている数が2万匹、死んでいる数が万匹いたそうで、そのほとんどがヤケヒョウヒダニだったそうです。
新しいマンションでダニの害に悩んでいる家庭がありました。床は畳とカーペットというよくある仕上げで、ダニの数は104匹(1あたり、8~9月平均)、そのうちヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニが%でした。冬にナラ材を主体とする「木の床」に変えたところ、次の夏には匹になりました。それによりアトピーの症状はかなり軽減し、カユイという症状はなくなりました。

湿度調整でダニ抑制

ダニの生存条件は3つで、1つめは食べ物です。ダニのおなかをあけて調べると、人のフケや垢あか、カビなどがでてきます。数が減ってくると共食いもします。2つめはすみかで、ダニは体が接触するような狭いところを好みます。3つめが重要で、湿度も生存条件になります。
ダニの害に困っている人は、殺ダニ剤などを使ってダニをゼロにしようと努力されますが、残念ながらゼロにはなりません。ダニの卵はとても強くて必ず生き残り、増え始めたら一気に増えます。また、死骸を増やすことでアレルゲンを多量につくり出す結果になってしまいます。私が今考えているのは、繁殖を抑制するということです。人間とダニの生きていく環境は大変よく似ていますが、唯一湿度が違います。湿度%以上というのがダニにとって具合の良い環境です。
中にはケナガコナダニのように%というダニもいます。それに対し、人間は~%を快適と感じます。とくにヤケヒョウヒダニなどは人と一緒に生活するダニですから、その数を減らし、繁殖を抑制することが大事です。通常、ダニはデシケーターの中で湿度%で飼っています。湿度を調整し、それぞれ、、、、%での状態を調べてみました。すると、%と%は1カ月で8~倍に数が増えましたが、%以下ではじっとしていて1カ月後には動いているダニがいなくなります。ただ再び湿度を上げると、またすぐ増えます。子供が喘息を発症している家はたいていダニが多いのですが、湿度%を常に超えている家が多いようです。最近の集合住宅などでは気密性も向上していますので、朝煮炊きしてからずっと窓を締め切っていると、温度も湿度も高い水準で保たれたままです。その状態はダニの至適環境をつくり出しています。ダニの増加を防ぐには湿度を調整することがとても大事です。木造家屋というのはコンクリート住宅に比べて、木材が湿度を調整するので、ダニの繁殖が抑えられていると考えられます。

木の香りでダニ抑制

木の香りがダニの繁殖を抑制するため、木造住宅にはダニが住みつきにくいといわれますが、それを実証するデータはほとんどありません。私の場合は「木の香り」という点から研究しており、その過程でダニが精油に非常に弱いということが分かってきました。
青森ヒバには、2%程度の材油が含まれており、これが青森ヒバ材の香りを形作っています。
まず、溶媒で抽出して油を含まない材を作り、そこにヒバ油を添加してヤケヒョウヒダニの行動と繁殖を観察しました。その結果、本来のヒバ材油含有量とほぼ同等量の2%群では、その数が激減し、2日目には動いているダニがゼロとなりました。また、0・%群においても日目には対照実験におけるダニの数の7%に激減しました。0.5%群、1.0%群では、日目以降は動いているダニはほぼゼロになっています。以上のことから、ヒバの精油はダニに対して強い効果を持ち、本来含まれている精油の8分の1程度の濃度でもダニの増加を抑制できることが明らかとなりました。人に対して様々な効果を持つことが明らかとなったタイワンヒノキ材油も、ダニに対してほぼ同等の効果を持っています。また、除放性を持たせたタイワンヒノキと青森ヒバの材油を紙に塗布して、その上でヒョウヒダニとツメダニを飼育してみました。すると、においの感覚強度は「楽に感じるにおい」、官能評価では「自然感や快適感を強く感じる」程度で、ダニは1日後には動かなくなってしまいました。このように、木材の香り物質であり、フィトンチッドの一種である精油は、ダニの繁殖や行動を抑制することが分かります。また、この香りが好きな人には快適感も与えますから、それも楽しんでもらうことができます。
人とダニの生きていくための環境は、湿度条件を除いてよく似ています。居住環境内のダニが全くいない状態にしようとすることは人間の側にも無理を強いることになります。様々な要因によるダニの大量発生が人の快適性や健康の維持を脅かしていますが、それに対し、森林本来の香り物質を上手に使ったり、湿度を%以下に抑える工夫をしながらダニとうまく付き合い、快適に過ごす道を模索するのが賢明だと思います。

プロフィール
宮崎良文(みやざきよしふみ)氏
森林総合研究所研究室長医学博士。東京農工大学卒。同大学修士課程(環境保護学)修了。東京医科歯科大学医学部助手を経て、昭和63年農林水産省森林総合研究所(生物活性物質研究室)入所、平成4年同研究室長に就任。東京医科歯科大学医学部非常勤講師、秋田大学医学部非常勤講師。著書に「森の香り」(フレグランスジャーナル社)など多数